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大阪地方裁判所 昭和45年(わ)3031号 判決 1972年8月25日

主文

被告人を罰金八、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪セントラル自動車教習所の指導員として教習生とともに自動車に同乗してその運転を指導する業務に従事するものであるところ、昭和四四年三月一一日午前一一時一〇分ごろ被告人が助手席に同乗し、教習生(仮免許)橋本吉正(当時二六才)が普通乗用自動車(教習車)を運転し、時速約四〇キロメートルで大阪市域東区古市中通五丁目四番地附近道路(第一通行帯)を北進して、教習生の運転を指導していた。

同所は市街地で巾員一六メートルの南北道路と巾員一一メートルの東西道路とがまじわる交差点の手前附述である。そして南北道路は平たんなアスファルト舗装道路で見通しよく、制限速度五〇キロメートル毎時、駐車禁止の規制がなされており、巾一メートルの中央分離帯(ブロック工事中)があり、片側が二車線(第一通行帯の巾員は3.1メートル、第二通行帯の巾員は2.8メートル。)でそのほか歩道に接する巾約一メートルの部分と中央分離帯に接する巾約0.6メートルの部分がある。同交差点には横断歩道および信号機が設置してあり、当時対面信号は青色であつた。また当日は晴天で路面は乾燥しており、交通量は少くない状況にあつた。

ところで、教習車が前記交差点の手前の側端から約五〇ないし六〇メートルの地点にさしかかつたころ、池田武(当時二六才)運転の普通乗用自動車が時速約五〇キロメートルで教習車を追越し教習車の前方約一四、五メートル(教習車の前端から池田車の後端まで)に進出した。右追越しにひき続いて池田は前記交差点を左折する考えであつた。ところが、たまたま江戸田勇夫運転のタクシーが同交差点の側端から約一五メートル(横断歩道の側端からは約一一メートル。いずれも車両後端まで)手前の歩道寄りに停車して客扱いをしていた。そこで池田は左折のため道路左側によるべく、左指示灯および制動灯で合図をしながら減速しつつタクシーの後方へ進行して行つた。

このように先行車が制動灯を点灯し、減速しつつ、停止している車両の後方へ進行しているような場合、指導員としては先行車が停止することのある場合にそなえ、教習生に対し適切な指導をなし、機に応じ、みずから制動又は転把する等追突事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある。

しかるに、被告人は右注意義務を怠り、池田車が制動しているのを約一〇メートル前方に認めながら同車が左折してしまうものと軽信し、何らの措置をとらなかつた過失により、同車との距離が約八メートルに接近し、同車が停止するのに気づき始めて危険を感じ、教習生橋本に声をかけるとともに、みずから補助ブレーキをふみ、教習生が握つていたハンドルを押すようにして右に切つたが及ばず、教習車の左前部を停止した池田車の右後部に追突させて同車を前方に突き出し、同車の前部をさらに前方約一メートルに停止していた前記タクシーの後部に追突させ、その衝撃により右池田に対し加療約一〇日間を要する頸部捻挫の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)<略>

(弁護人の主張に対する判断)

一、およそ、自動車に同乗する指導員は、前方を注視し、教習生に適切な指示を与え、機に応じみずから制動又は転把の措置をとるなど事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある(指導員としての地位から発生する。なお道路交通法八七条、九八条、同法施行令三五条一項二号、七号、同法施行規則三三条四項一号参照)

そしてハンドルを握つている教習生自身についても前方注視等事故防止上の注意義務があるということができる。

両者の注意義務は各自その地位に基づく注意義務であり、ただ具体的な場合における過失につき、教習生については主として仮免許練習中という技倆上の理由から、また指導員については主として助手(指導員)席に同乗しているという物理的理由から、その程度、態様に差異が生ずることあるは免れない。本件においては被告人は先行車の制動灯を認めながら直ちにとるべき措置をとらなかつた誤り、即ち判断の誤りに基づく措置の遅れ(約一秒)があつたものといわねばならない。

二、認定の事実関係のもとにおいては、池田車の行為を無謀な割り込みということはできない(練習中であること明白な教習車を追越した場合の車間距離の保持について池田車が教習車より相当距離前方に進出して、その間隔を保持することが望ましいことではあるけれども、約14.5メートルの車間距離を保持して教習車の前方へ進出した池田車を違法ということはできない。)

三、つぎに先行車が制動灯を点灯した場合には追突事故防止のため後続車は一般的には直ちに制動措置をとつて安全運転を期すべきであるということができる。但し相当の車間距離がある場合等特段の事情があるときはこの限りでない。本件の場合、車間距離に相当の余裕があつた訳ではなく、また池田車は徐々に停車しており、いわゆる急停止した訳ではない。そして被告人が、池田車は左折してしまうと考えたことは一応理解することができ、また実際上池田車はタクシーの右側を通過して左折できる状況にあつたけれども、池田車は現に停止しているタクシーの後方へ進行しているのであるから停止することあるは予見しうべかりしものというべく、まだ被告人が直ちに措置をとれば追突の回避は可能であつた。かくして可罰的違法性がないとされる状況あるいは信頼の原則が適用さるべき状況にあつたものとも言い難いのである。

よつて主文のとおり判決する。

(惣脇春雄)

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